寺川綾氏が「どうしても勝てなかった」ライバルが驚くべき転身

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1日、テレビ朝日「あいつ今何してる?」では、ロンドン五輪の競泳背泳ぎで銅メダルを獲得した寺川綾氏がゲスト出演。番組では、幼少より数々の大会で成績を残してきた寺川氏が学生時代に「どうしても勝てなかった」というライバルの驚くべき転身を伝えた。

2つ歳上の小林聖子氏とは、中学時代に参加した海外遠征で1ヶ月間一緒に生活したという寺川氏。小林氏を「本当に優しくて、お姉ちゃんみたいに面倒みてくれた」と振り返ったほか、「海外が長くなると寂しくなったりする。でも聖子ちゃんがいるから大丈夫」と自身を支えてくれる存在だったという。

そんな小林氏について「いつの間にか水泳辞めていた。聖子ちゃんが大学に入るくらいまでは一緒に泳いでいたはず。でも、それこそ私が大学生になったときにはもう泳いでなかったと思います」と語った寺川氏は、「ずっとそのまま一緒に水泳をやっていくもんだと思っていた」と続けると、「大好きでした」と目に涙を浮かべた。

すると同番組は、35歳になった小林氏を直撃。なんと同氏は京都府にある弁護士法人で弁護士になっていた。

小林氏は3歳から水泳を習いはじめると、中学3年生の国体で優勝。大阪府立寝屋川高校に進むと、高校2年生の日本選手権では5位に。1999年度の世界ランキングでは7位にまで上り詰めた。

それでも、小林氏は「運動神経が悪くて飛び込みができなくて。飛び込まなくてよいのは背泳ぎだけ」と当時背泳ぎを種目に選んだ理由を明かし、苦笑い。高校卒業後は「運動音痴なのでスポーツ推薦では行きたくない」などと筑波大学へと進んだ。

そこには両親による、「いつか水泳はできなくなる。オリンピックに行ったとしても辞めなきゃいけない時は必ず来るので、その先の人生で役に立つ勉強はずっとしておきなさい」という教えがあり、厳しい練習の後でも受験勉強に励んでいたという。

また、小林氏が法律に興味を持ったきっかけは、元競泳選手である千葉すず氏が2000年のシドニー五輪選考会で五輪A標準記録を突破していたにも関わらず、代表から落選したことでスポーツ仲裁裁判所に提訴した出来事にあったという。

この時のインパクトが大きかったという小林氏は、「法律でスポーツ選手を支える仕事もできるんじゃないかと思って、もし自分が水泳選手じゃなくなったらそういう道もあるんじゃないか」と法の道を志すようになった。

だが、その一方で、進学後も競泳選手を続けていた小林氏は、大学での厳しい練習が体に負担となり、「腰をケガというか、ヘルニアの手前くらいになった」として大学3年で退部をしていた。筑波大学卒業後は、弁護士を目指すため関西大学法科大学院へと進学。5年をかけて弁護士となり、現在は、日本スポーツ法学会にも所属している。

寺川氏の活躍については、「(悔しさも)数パーセントは。自分ができなかったことに対する悔しさ」としながらも、「(寺川氏が)メダルを獲った時はすごい嬉しかった」とニッコリ。「私の中では、まだあの頃の可愛らしい綾と、テレビで見る綾が混在していてすごく不思議な感じがします」としみじみと話した。

(引用元:livedoor news)

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