「これは俺だな」 川崎フロンターレJ1初優勝も、中村憲剛がこれまでの苦悩を告白

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20日、テレビ朝日「報道ステーション」では「中村憲剛 37歳 初タイトル”15年分の涙”」と題し、川崎フロンターレ・中村憲剛のインタビューを放送。2003年のクラブ入団から15年、悲願のJ1リーグ優勝を成し遂げた中村がその想いや苦悩を告白した。

優勝を決めたJ1最終節以来となる等々力陸上競技場を訪れた中村。号泣したピッチの上に立つと「人ってあんなに泣くんだっていうくらい泣いてましたね。想像以上でした。全方位じゃないですか。みんな喜んでみんな笑顔で」と歓喜の瞬間を振り返ると、「帰りたいね。あの瞬間に戻りたいですけどね。無理なんですけど。あの時も時が止まればいいのにと思った」としみじみ語った。

シルバーコレクターと揶揄され続けてきた川崎フロンターレは、初のタイトル獲得が目前となった今年の天皇杯決勝やルヴァン杯決勝で敗れ、2位という結果は中村が入団して以降、実に8度目。37歳という年齢からも、中村自身や、中村とともに優勝したいチームのメンバーやサポーターには焦りが生じていた。

「天皇杯負けて、(キャプテンを)もう次に渡すべきだなっていうのは一人で考えていた」という中村。「もちろん寂しくはありましたね。今までずっと着けてやってきたので、そこの自負もありました。けど、長くやり過ぎたなというのもありましたし、長くやって結果が出なかったので最終的に」などと、キャプテンマークを小林悠に託した際の葛藤を説明した。

それでも、11月4日のルヴァン杯決勝でセレッソ大阪に完敗。「もうメチャクチャこたえましたね。打ちひしがれていました」と明かす中村だが、その要因を「いよいよ自分に矢印を向けなきゃいけないなって。自分の存在に。2位である理由ですよね。それまでも散々2位なんで。俺かなっていうのは薄々は思ってましたけど、これは俺だなって」と自らの存在にあるとした。

チームやサポーターが抱く、中村と優勝したいという想いについても、「優勝って本来、自分のためにしなきゃいけないものだと思ってて、それは『俺と(優勝)したい』っていうのが嬉しくないわけじゃなくて。俺が引退してすぐくらいに優勝すんじゃないかと思った」と語る中村は、「その重荷が外れたら意外とあっさり獲れんじゃないのって。だからすごく葛藤があった」と苦笑い。

その一方で、「拾ってもらった身なんで。スカウトがきたわけでもないし。ツテを使ってフロンターレの練習に参加させてもらったのが、大学4年生の時。自分の全て。ここが。他のクラブに移籍するつもりなんて、ほぼなかったですし、一択」とクラブへの想いを語ると、「このクラブに何も残せないまま辞めるわけにはいかないってずっとやってきた」とも。

その上で成就した今回の優勝を改めて振り返ると、「今まで優勝決定の試合って全部アウェーだったんで。ホームの等々力でやったことなかった。そういうの用意してくれてたのかな。全部ここに繋がったのかな」と静かに話す中村だったが、次の瞬間には「神様が言ってるのかと思いましたけど、『長えわ』って言いたい」とつっこんでみせた。

(引用元:livedoor news)

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