五輪女王ザギトワ、チーム追放の危機もあった挫折を乗り越えたスケート愛 「私の生きがい」

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6日放送、テレビ朝日「報道ステーション」では、スポーツコメンテーターの松岡修造氏が、平昌五輪で金メダルを獲得したフィギュアスケートのアリーナ・ザギトワにインタビュー。15歳で世界の頂点に立ったヒロインの、かつての挫折に迫った。

過去2大会の金メダリストはその後一線を離れたが、ザギトワは変わらずに戦い続けている。「練習したくない気持ち」はあったとしつつ、ザギトワは「五輪女王は甘えてはいけないというプレッシャーがあります」と続けた。

弱冠16歳にして、金メダリストのあり方も考えているザギトワは、毎日課題を設けているという。厳しい練習後の愛犬マサルとの散歩も「課題のひとつ」だ。

12歳で親元を離れ、モスクワを練習拠点とし、名コーチのエテリ・トゥトベリーゼに指導を仰ぐようになってから、すべてが順風満帆だったわけではない。本人が「つらい時期」と表現した時もある。

それは、練習中に腕を骨折し、そのまま大会に臨んだが、足も骨折してしまった時のことだ。ザギトワは「自分から練習しなくなり、誰かの指示を待っていました」と振り返る。

だが、名伯楽の下でそれでは通用しない。本人が「コーチは当時、私に期待しても仕方がないと思っていました」と振り返ったように、ザギトワはチームを追い出されそうになっていたのだ。

それでもあきらめなかったのは、スケートへの想いがあるからだ。「数日間練習しないだけですぐに滑りたくなった」というザギトワは、「学校に行って、宿題をして、普通の子と同じ生活をしようと思いましたが、私にはできませんでした」と振り返った。

「スケートは生きがいと気づくために」、当時の経験が「必要」だったというザギトワは、「あの時スケートをやめていたら、五輪女王にはなれませんでした」とコメント。今後は「決して忘れられないフィギュアスケーターになりたい」「まぐれで女王になったと思われないでいたい」と意気込んだ。

ちなみに、インタビュー中も手放さなかったほど、ザギトワが大事にしているのが携帯電話。「とても大事なもの」で、「メッセージ、動画、両親との通話、すべてにおいて必要」という。自分の演技も見て活用しているが、「ミスを覚えてしまう」から、悪かった演技は見ないようにしているそうだ。

(引用元:livedoor news)

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